「主権『回復?』の日」(BBC・IRIBの記事):阿修羅♪

「主権『回復?』の日」(BBC・IRIBの記事):阿修羅♪

http://www.asyura2.com/13/senkyo147/msg/122.html





(Japan marks 'return of sovereignty' day: BBC NEWS ASIA)

http://www.bbc.co.uk/news/world-asia-22330635





2013年4月28日最終更新16:30GMT



日本は「主権回復」の日を祝う





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明仁天皇美智子皇后の出席により、この式典に重みが増した





第2次世界大戦敗戦による連合国の占領が終わった記念日を、日本は初めて祝った。



「主権回復の日」は未来への希望を日本に与え、日本が「強く逞しく」なる一助となるだろうと、安倍晋三首相は語った。



この式典は、安倍氏国家主義キャンペーンの一部と見られている。



安倍氏はまた、武装兵力の厳しい制約を緩和するために、日本の平和憲法の見直しも推し進めている。



1952年にサンフランシスコ平和条約が発効し、第2次大戦と連合国による占領が正式に終わったこの日を祝う式典の開催を、安倍氏と同氏が率いる自由民主党(LPD)が提案したのは、去年の選挙キャンペーンの期間だった。



「私は今日を、私たちの希望の思いと未来への決意を新たにする日としたい」と、東京に集まった公職者たちの前で、58歳の安倍氏は語った。



「私たちは日本を、世界中の国々から頼ってもらえるような、強く逞しい国にする責任がある」と、同氏は語った。





抗議



アジアにおける日本の隣人たちを怒らせた一連の出来事や発言の中で、今回は最新のものだ。



日本の戦時中の侵略について1995年に発表された謝罪に対し、安倍氏は「侵略」の定義は定めるのが難しいと語り、この表現をもう堅持しないかも知れないと言い出したことで、中国と韓国を激怒させた。



中国はまた、今月の数人の閣僚と170人の国会議員による、日本の帝国主義的侵略の象徴と見なされている靖国神社への訪問に異議を唱えた。



日曜日の式典は、一部の日本国民による論争の的となった。南の島・沖縄では、数千人の人々が街頭に出て、今回の式典は裏切り行為であると強く非難した。



沖縄は、1945年に米海兵隊の侵略を受け、1972年まで日本に返還されなかった。



2国間条約の下、日本に駐留する米軍部隊の約4分の3が沖縄の基地にいる。











(IRIBラジオ日本語)

http://japanese.irib.ir/news/commentaries/item/36768-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E4%B8%BB%E6%A8%A9%E5%9B%9E%E5%BE%A9%E5%BC%8F%E5%85%B8%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%99%E3%82%8B%E6%8A%97%E8%AD%B0%E9%9B%86%E4%BC%9A%EF%BC%88%E9%9F%B3%E5%A3%B0%EF%BC%89





日本の主権回復式典に対する抗議集会(音声)




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ガッファーリー解説員





日本政府が主催する「主権回復式典」の開催と時を同じくして、沖縄の住民1万人以上が抗議集会を開きました。



1951年9月8日、日本と連合国が署名したサンフランシスコ講和条約により、日本は国家主権を回復しました。この条約の調印の翌年の1952年4月28日、日本とアメリカの間で別の条約が調印され、それにより沖縄は20年間、アメリカの支配下に置かれることになりました。このため、沖縄の住民はこの日を「屈辱の日」と呼んでいます。



日本人は、「日本で発足したすべての政府が同国でのアメリカの支配を受け入れた。これは日本の独立国家としての政策に反する」と考えています。これにより、安倍総理大臣をはじめとする自民党政府は、4月28日を「主権回復の日」に制定しようとしています。しかしながら、日本の人々は、こうした歴史的な問題に関して、さらに幅広い見方を有しているようで、「日本がアメリカと50年以上もの間、締結してきた条約に基づき、どの国も、アメリカの許可なく日本に軍事基地を持つことはできない」としています。正確に言えばこのため、沖縄の住民はこの条約を国家の名誉を傷つけるものと見ているのです。



伊志嶺雅子・県女性団体連絡協議会長は、この集会で、アメリカ軍の沖縄駐留が、覇権主義、社会的混乱や道徳的な腐敗を広めた、としました。さらに、「アメリカが沖縄に駐留している限り、この国は主権を持たず、支配下に置かれるだろう」と述べました。



日本での人々の抗議は、アメリカに対する日本政府の対応への抗議と見なすことができますが、日本が第2次世界大戦後、吉田内閣の政策により、アメリカの政治・戦略の中心に置かれてきたことは考慮すべきでしょう。この政策は、日本を国外の紛争から遠ざけ、これにより政治、経済、国際面でアメリカの最大の支援を受け、主に国内の経済発展を促そうとするものでした。



さらに、日本は自衛を含む包括的な治安計画において、アメリカの助けを必要としていました。一部の政治評論家は、アジア太平洋地域の条件を考慮し、資源や戦略的地域、漁場を巡る中国をはじめとする地域諸国と日本の衝突の可能性を排除していません。このため、日本は、こうした理由で、これまで以上にアメリカの支援が必要だと考えたといえるでしょう。北朝鮮の脅迫、アジアの北と東での戦略的利益を維持するための中国とロシアの協調路線、中国の台湾への圧力は、日本の懸念を正当化するものとなりえるでしょう。



こうした中、日本の人々は抗議集会で、アメリカとの幅広い協力に関する日本政府の正当化は受け入れられない、としているのです。



(音声記事はこのリンクをクリックして下さい:投稿者)









(投稿者より)



上はBBCサイトに掲載された記事です。誤訳があるかもしれません。ご容赦ください。



下はIRIB(イラン)サイトに掲載された記事です。



4月28日を「主権回復の日」として祝うべきだという主張がかねてからあったことは知っていました。ただ、それを安倍氏が打ち出した日から起きた様々な出来事などから、日本に実は主権などなく、実質的には米国の植民地に過ぎないのではないかという議論がネットなどで現れました。また、条約発効により米国統治に委ねられた沖縄の、日本に見捨てられたという心中が露わになり、それにまず対処しなければならなくなりました。結局、「美しい国」の観念的なイメージと、それとは裏腹の現実とのギャップがきれいに浮かび上がった日となりました。



中国・韓国の主張はともかく、沖縄の集会で東京へ怒号が飛び交う中、東京の式典で安倍首相は沖縄に「ただ深く思いを寄せる努力をなすべきだ」と表明するなど、「強く逞しく」(strong and resolute)との元々の思いとはちょっと違った式典となったようですが、現実を思い知るという意味では良かったのかも知れません。