差別を受ける福島の被害者たちに、繰り返された歴史を見る(RFI):阿修羅♪

http://www.asyura2.com/11/genpatu12/msg/902.html













(Discriminées, les victimes de Fukushima voient se répéter l'histoire: RFI)

http://www.rfi.fr/asie-pacifique/20110611-victimes-discriminations-victimes-fukushima-histoire-repete





日本−記事発表:2011年6月11日土曜日−最終更新:2011年6月12日日曜日





差別を受ける福島の被害者たちに、繰り返された歴史を見る





記者:ムサ・ディオ











去る3月11日の地震に続く原発の大事故の結果、第二次大戦後に広島や長崎の住民が犠牲となった差別が再び現れた。レストランに入れてくれない、病院での受診や緊急収容施設への入所が難しい、など。歴史は繰り返すようだ。





太平洋の底で発生した、リヒター・スケールでマグニチュード9のエネルギーは、巨大な津波を引き起こし、東北沿岸のあらゆるところで都市や村を破壊した。死者・行方不明者は2万3000人を超え、日本の歴史に暗闇の時が蘇った。高さ14mの波は、東京から220kmの海に面して建設された、福島第一原発に深刻な損害を与えた。その波は、25年前のチェルノブイリ事故以来、最も深刻な原子力の危機を招き、そして現在、広島や長崎の住民たちの時と同じ結果を引き起こしている。



被爆者と呼ばれた彼らは、結婚することの難しさや、2発の原爆の爆発に続く数年間は再就職先を見つけることがほとんど不可能だったことを、身をもって知っている。福島の住民との連帯の欠如を、日本メディアはだんだんと大きく扱うようになっている。



「大きな問題は、被曝しているからという口実で、福島の人たちを入れないレストランがあることだ。わずか数店がそうだとしても、これは憂慮すべき事柄であり、容認できない!」と、仙台の北東にある都市・石巻から来たボランティアの学生は憤慨している。





差別は深刻な規模に及ぶ





ある人たちは、被曝していないことを公的に証明する書類の不備で、緊急収容施設に入所できなかったという事例がある。差別は深刻な規模に及び、例えば、ある少女が病院での診察を拒否されたことを、日本メディアは詳しく報じている。「宮城と福島の両県は隣接している。私はこの話を確かに聞いたが、ボランティア・センターでは、福島からたくさんの人が来ており、彼らに何か違いがあるわけではない」と、この地域で1カ月前から活動しているあるボランティアは、抑えた口調で語る。



「最近、ある人が福島から来たという理由で、献血できなかった」と、原発から60kmのところに住む、福島在住のフランス人、アラン・ノマ氏は教えてくれた。



原発の中心からの距離が、今でも問題となっている。大災害の数日後、避難区域は福島原発の周囲20kmから40kmに拡大されたが、4月には再び20kmと戻された。それでもなお、多くの国は、福島原発から80km以上遠ざかるよう、在日自国民に勧告を続けている。















大災害の政治対応に不満を抱く福島の住民





報告:RFI東京駐在記者フレデリック・シャルル





菅直人首相は、地震津波で破壊された漁業都市・釜石で非常に冷たい歓待を受けた。瓦礫の中で、被災者たちは見捨てられたとの思いを首相に説明した。彼らに言わせれば、政治家たちは権力闘争に明け暮れているが、そのエネルギーは、津波で洗い流された700kmの海岸部の再建に注がれるべきものであるはずだ。



再建について、政府から未だに何の提案もない。少なくとも2500億ユーロと見積もられる再建資金をどう調達するか、政府は未だに分からないでいる。日本の政府債務はすでに国内総生産の200%を超えているにもかかわらずだ。10万人以上の被災者が、いまでも避難所で生活している。



6月11日土曜日、東京では、数千人もの人々が反原発デモに参加した。政府と東京電力福島原発の運営会社)は、3カ月かかって、1979年に米国・スリーマイル島原発で発生したような炉心溶融が、3基の原子炉で発生したことをようやく認めた。



デモの参加者たちは、福島原発の状況の深刻さについて、真実を隠していたとして、政府を非難している。











(投稿者より)



フランスRFIサイトに掲載された記事です。誤訳があるかも知れません。ご容赦下さい。



「差別」ですが、類似のケースは他にもありました。「穢れ」を嫌う日本人特有のメンタリティに着目して、このような記事が書かれたのかも知れません。差別はいけません。ただ、冷静に考えたとき、それならば、余所のレストランに入ればいいのです。余所の病院や施設に行けば済むことです。



仮にその人が被曝していたとして、よほどの線量でなければ、放射能が移ることはないでしょう。理解のない人は相手にしなければいい。それだけのことです。



問題は、東北の大地や海も同様に穢された、ということです。発電所から放出された放射性物質の線量が、1000分の1にまで減少するのに要する期間は、ヨウ素131は80日でしたが、ストロンチウム90が290年、セシウム137は300年、プルトニウム239は24万年です。穢れを与えた人々は、その度合いに応じて天が裁くでしょう。しかし、本質的に、その大地や海を浄化する術は今のところありません。



3月11には全国でデモがありました。これまでは、デモのほとんどは労組などが組織し、参加者のほとんどは組織の指示で動員された人たちです。一般の人たちは、日常生活の中で、政治を話題にすることさえタブーと感じることが少なくありません。政治的な見解の相違は、人々の間に分断をもたらします。日本人は基本的に分断を嫌う、だからだと解釈しています。



ところが、今回の抗議行動は、一般の人々が自分の意思から個人の資格で参加しています。これは非常に特別なことですが、その理由として考えられるのは、生命に対する脅威がまず存在し、何もしない政府に対する怒りがその先にある、ということでしょうか。



今回の動きを1960年の反安保闘争になぞらえる人がいますが、歴史的に見ても画期的なのもしれません。



政府は恐らく、今後も何もしないでしょう。その政府とは無関係に、個人・企業・自治体はすでに自発的に動いています。それで、結果的に国民が幸せを取り戻すなら、それはそれでいいのかも知れません。その時は、政府も官僚機構も不要なものとして、国民から見捨てられることになるでしょうが、それも仕方がありません。