結論の要旨 (国会事故調 東京電力福島原子力発電所事故調査委員会 ダイジェスト版より抜粋):阿修羅♪

結論の要旨 (国会事故調 東京電力福島原子力発電所事故調査委員会 ダイジェスト版より抜粋):阿修羅♪
http://www.asyura2.com/12/genpatu25/msg/440.html


http://naiic.tempdomainname.com/pdf/naiic_digest.pdf


【認識の共有化】

 平成23(2011)年 3 月 11 日に起きた東日本大震災に伴う東京電力福島原子力発電所事故は世界の歴史に残る大事故である。そして、この報告が提出される平成 24(2012)年 6 月においても、依然として事故は収束しておらず被害も継続している。
 破損した原子炉の現状は詳しくは判明しておらず、今後の地震、台風などの自然災害に果たして耐えられるのか分からない。今後の環境汚染をどこまで防止できるのかも明確ではない。廃炉までの道のりも長く予測できない。一方、被害を受けた住民の生活基盤の回復は進まず、健康被害への不安も解消されていない。

 当委員会は、「事故は継続しており、被災後の福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という)の建物と設備の脆弱性及び被害を受けた住民への対応は急務である」と認識する。また「この事故報告が提出されることで、事故が過去のものとされてしまうこと」に強い危惧を覚える。 日本全体、そして世界に大きな影響を与え、今なお続いているこの事故は、今後も独立した第三者によって継続して厳しく監視、検証されるべきである(提言7に対応)。

 当委員会はこのような認識を共有化して以下のような調査に当たった。


【事故の根源的原因】

 事故の根源的な原因は、東北地方太平洋沖地震が発生した平成23(2011)年3 月11 日(以下「3.11」という)以前に求められる。当委員会の調査によれば、3.11 時点において、福島第一原発は、地震にも津波にも耐えられる保証がない、脆弱な状態であったと推定される。地震津波による被災の可能性、自然現象を起因とするシビアアクシデント(過酷事故)への対策、大量の放射能の放出が考えられる場合の住民の安全保護など、事業者である東京電力(以下「東電」という)及び規制当局である内閣府原子力安全委員会(以下「安全委員会」という)、経済産業省原子力安全・保安院(以下「保安院」という)、また原子力推進行政当局である経済産業省(以下「経産省」という)が、それまでに当然備えておくべきこと、実施すべきことをしていなかった。
 平成18(2006)年に、耐震基準について安全委員会が旧指針を改訂し、新指針として保安院が、全国の原子力事業者に対して、耐震安全性評価(以下「耐震バックチェック」という)の実施を求めた。
 東電は、最終報告の期限を平成 21(2009) 年 6 月と届けていたが、耐震バックチェックは進められず、いつしか社内では平成28(2016)年 1 月へと先送りされた。東電 及び保安院は、新指針に適合するためには耐震補強工事が必要であることを認識していたにもかかわらず、1 〜 3 号機については、全く工事を実施していなかった。保安院は、あくまでも事業者の自主的取り組みであるとし、大幅な遅れを黙認していた。事故後、東電は、5 号機については目視調査で有意な損傷はなかったとしているが、それをもって 1 〜 3 号機に地震動による損傷がなかったとは言えない。

 平成18(2006)年には、福島第一原発の敷地高さを超える津波が来た場合に全電源喪失に至ること、土木学会評価を上回る津波が到来した場合、海水ポンプが機能喪失し、炉心損傷に至る危険があることは、保安院と東電の間で認識が共有されていた。保安院は、東電が対応を先延ばししていることを承知していたが、明確な指示を行わなかった。
 規制を導入する際に、規制当局が事業者にその意向を確認していた事実も判明している。安全委員会は、平成5(1993)年に、全電源喪失の発生の確率が低いこと、原子力プラントの全交流電源喪失に対する耐久性は十分であるとし、それ以降、長時間にわたる全交流電源喪失を考慮する必要はないとの立場を取ってきたが、当委員会の調査の中で、この全交流電源喪失の可能性は考えなくてもよいとの理由を事業者に作文させていたことが判明した。また、当委員会の参考人質疑で、安全委員会が、深層防護(原子力施設の安全対策を多段的に設ける考え方。IAEA国際原子力機関〉では5 層まで考慮されている*1)について、日本は 5 層のうちの3 層までしか対応できていないことを認識しながら、黙認してきたことも判明した。
 規制当局はまた、海外からの知見の導入に対しても消極的であった。シビアアクシデント対策は、地震津波などの外部事象に起因する事故を取り上げず、内部事象に起因する対策にとどまった。米国では 9.11 以降に B.5.b*2に示された新たな対策が講じられたが、この情報は保安院にとどめられてしまった。防衛にかかわる機微情報に配慮しつつ、必要な部分を電力事業者に伝え、対策を要求していれば、今回の事故は防げた可能性がある。

 このように、今回の事故は、これまで何回も対策を打つ機会があったにもかかわらず、歴代の規制当局及び東電経営陣が、それぞれ意図的な先送り、不作為、あるいは自己の組織に都合の良い判断を行うことによって、安全対策が取られないまま 3.11 を迎えたことで発生したものであった。
 当委員会の調査によれば、東電は、新たな知見に基づく規制が導入されると、既設炉の稼働率に深刻な影響が生ずるほか、安全性に関する過去の主張を維持できず、訴訟などで不利になるといった恐れを抱いており、それを回避したいという動機から、安全対策の規制化に強く反対し、電気事業連合会(以下「電事連」という)を介して規制当局に働きかけていた。
 このような事業者側の姿勢に対し、本来国民の安全を守る立場から毅然とした対応をすべき規制当局も、専門性において事業者に劣後していたこと、過去に自ら安全と認めた原子力発電所に対する訴訟リスクを回避することを重視したこと、また、保安院原子力推進官庁である経産省の組織の一部であったこと等から、安全について積極的に制度化していくことに否定的であった。
 事業者が、規制当局を骨抜きにすることに成功する中で、「原発はもともと安全が確保されている」という大前提が共有され、既設炉の安全性、過去の規制の正当性を否定するような意見や知見、それを反映した規制、指針の施行が回避、緩和、先送りされるように落としどころを探り合っていた。

 これを構造的に見れば、以下のように整理できる。本来原子力安全規制の対象となるべきであった東電は、市場原理が働かない中で、情報の優位性を武器に電事連等を通じて歴代の規制当局に規制の先送りあるいは基準の軟化等に向け強く圧力をかけてきた。この圧力の源泉は、電力事業の監督官庁でもある原子力政策推進の経産省との密接な関係であり、経産省の一部である保安院との関係はその大きな枠組みの中で位置付けられていた。規制当局は、事業者への情報の偏在、自身の組織優先の姿勢等から、事業者の主張する「既設炉の稼働の維持」「訴訟対応で求められる無謬性」を後押しすることになった。このように歴代の規制当局と東電との関係においては、規制する立場とされる立場の「逆転関係」が起き、規制当局は電力事業者の「虜(とりこ)」となっていた。その結果、原子力安全についての監視・監督機能が崩壊していたと見ることができる *3。

 当委員会は、本事故の根源的原因は歴代の規制当局と東電との関係について、「規制する立場とされる立場が『逆転関係』となることによる原子力安全についての監視・監督機能の崩壊が起きた点に求められる。」と認識する。何度も事前に対策を立てるチャンスがあったことに鑑みれば、今回の事故は「自然災害」ではなくあきらかに「人災」である(提言1に対応)。


【事故の直接的原因】

 本事故の直接的原因は、地震及び地震に誘発された津波という自然現象であるが、事故が実際にどのように進展していったかに関しては、重要な点において解明されいないことが多い。その大きな理由の一つは、本事故の推移と直接関係する重要な機器・配管類のほとんどが、この先何年も実際に立ち入ってつぶさに調査、検証することのできない原子炉建屋及び原子炉格納容器内部にあるためである。
 しかし東電は、事故の主因を早々に津波とし、「確認できた範囲においては」というただし書きはあるものの、「安全上重要な機器は地震で損傷を受けたものはほとんど認
められない」と中間報告書に明記し、また政府も IAEAに提出した事故報告書に同趣旨のことを記した。
 
 直接的原因を、実証なしに津波に狭く限定しようとする背景は不明だが、本編第1 部で述べるように、既設炉への影響を最小化しようという考えが東電の経営を支配してきたのであって、ここでもまた同じ動機が存在しているようにも見える。あるいは東電の中間報告にあるように、「想定外」とすることで責任を回避するための方便のようにも聞こえるが、当委員会の調査では、地震のリスクと同様に津波のリスクも東電及び規制当局関係者によって事前に認識されていたことが検証されており、言い訳の余地はない。
 事故の主因を津波のみに限定すべきでない理由として、スクラム(原子炉緊急停止)後に最大の揺れが到達したこと、小規模の LOCA(小さな配管破断などの小破口冷却材喪失事故)の可能性は独立行政法人原子力安全基盤機構(JNES)の解析結果も示唆していること、1 号機の運転員が配管からの冷却材の漏れを気にしていたこと、そして 1 号機の主蒸気逃がし安全弁(SR 弁)は作動しなかった可能性を否定できないことなどが挙げられ、特に1 号機の地震による損傷の可能性は否定できない。また外部送電系が地震に対して多様性、独立性が確保されていなかったこと、またかねてから指摘のあった東電新福島変電所の耐震性不足などが外部電源喪失の一因となった。

 当委員会は、事故の直接的原因について、「安全上重要な機器の地震による損傷はないとは確定的には言えない」、特に「1号機においては小規模の LOCA が起きた可能性を否定できない」との結論に達した。しかし未解明な部分が残っており、これについて引き続き第三者による検証が行われることを期待する(提言7に対応)。


【運転上の問題の評価】

 発電所の現場の運転上の問題については、いくつか特記すべきことはあるが、むしろ、今回のようにシビアアクシデント対策がない場合、全電源喪失状態に陥った際に、現場で打てる手は極めて限られるということが検証された。1 号機の非常用復水器(IC)の操作及びその後の確認作業の是非については、全交流電源喪失(SBO)直後からの系統確認としかるべき運転操作に迅速に対応できなかった。しかし IC の操作に関してはマニュアルもなく、また運転員は十分訓練されていなかった。さらに、本事故においてはおそらく早期のうちに IC の蒸気管に非凝縮性の水素ガスが充満し、そのために自然循環が阻害され、IC が機能喪失していたと当委員会は推測している。こうした事情を考慮すれば、単純に事故当時の運転員の判断や操作の非を問うことはできない。

 東電の経営陣が耐震工事の遅れ及び津波対策の先送りの事実を把握し、福島第一原発脆弱性を認識していたと考えられることから、被災時の現場の状態はある程度事前にも想像できたはずである。少なくとも、発電所脆弱性を補うためにも、シビアアクシデント時に現場で対応する準備を行わせるのは、経営として必要なことであった。東電の本店及び発電所の幹部も、このような状況下で、少なくとも緊急時の現場の対応について準備をすることが必要であった。以上を考えれば、これは運転員・作業員個人の問題に帰するのではなく、東電の組織的問題として考えるべき事柄である。
 ベントライン構成についても、電源が喪失し放射線量の高い中でのライン構成作業自体が困難であり、かつ時間がかかるものであった。シビアアクシデント手順書の中の図面も不備であったことが判明しており、見づらい図面を時間に追われつつ、懐中電灯で解明する作業を強いられた。官邸はベントに時間がかかることから東電への不信が高まったとしているが、実際の作業は困難を極めるものであった。

 多重防護が一気に破られ、同時に 4 基の原子炉の電源が喪失するという中で、2 号機の原子炉隔離時冷却系(RCIC)が長時間稼働したこと、2 号機のブローアウトパネルが脱落したこと、協力会社の決死のがれき処理が思った以上に進んだことなど、偶然というべき状況がなければ、2、3 号機はさらに厳しい状況に陥ったとも考えられる。シビアアクシデント対策がない状態で、直流電源も含めた全電源喪失状況を作り出してしまったことで、既にその後の結果は避けられなかったと判断した。

 当委員会は「過酷事故に対する十分な準備、レベルの高い知識と訓練、機材の点検がなされ、また、緊急性について運転員・作業員に対する時間的要件の具体的な指示ができる準備があれば、より効果的な事後対応ができた可能性は否定できない。すなわち、東電の組織的な問題である」と認識する(提言4 に対応)。


【緊急時対応の問題】

 いったん事故が発災した後の緊急時対応について、官邸、規制当局、東電経営陣には、その準備も心構えもなく、その結果、被害拡大を防ぐことはできなかった。保安院は、原子力災害対策本部の事務局としての役割を果たすことが期待されたが、過去の事故の規模を超える災害への備えはなく、本来の機能を果たすことはできなかった。官邸は、発災直後の最も重要な時間帯に、緊急事態宣言を速やかに出すことができなかった。本来、官邸は現地対策本部を通じて、事業者とコンタクトをすべきとされていた。しかし、官邸は東電の本店及び現場に直接的な指示を出し、そのことによって現場の指揮命令系統が混乱した。さらに、15 日に東電本店内に設置された統合対策本部も法的な根拠はなかった。
 1 号機のベントの必要性については、官邸、規制当局あるいは東電とも一致していたが、官邸はベントがいつまでも実施されないことから東電に疑念、不信を持った。東電は平時の連絡先である保安院にはベントの作業中である旨を伝えていたが、それが経産省のトップ、そして官邸に伝えられていたという事実は認められない。保安院の機能不全、東電本店の情報不足は結果として官邸と東電の間の不信を募らせ、その後、総理が発電所の現場に直接乗り込み指示を行う事態になった。その後も続いた官邸による発電所の現場への直接的な介入は、現場対応の重要な時間を無駄にするというだけでなく、指揮命令系統の混乱を拡大する結果となった。

 東電本店は、的確な情報を官邸に伝えるとともに、発電所の現場の技術的支援という重要な役割を果たすべきであったが、官邸の顔色をうかがいながら、むしろ官邸の意向を現場に伝える役割だけの状態に陥った。3 月 14 日、2 号機の状況が厳しくなる中で、東電が全員撤退を考えているのではないかという点について、東電と官邸の間で認識のギャップが拡大したが、この根源には、両者の相互不信が広がる中で、東電の清水社長が官邸の意向を探るかのような曖昧な連絡に終始した点があったと考えられる。ただし、?発電所の現場は全面退避を一切考えていなかったこと、?東電本店においても退避基準の検討は進められていたが、全面退避が決定された形跡はなく、清水社長が官邸に呼ばれる前に確定した退避計画も緊急対応メンバーを残して退避するといった内容であったこと、?当時、清水社長から連絡を受けた保安院長は全面退避の相談とは受け止めなかったこと、?テレビ会議システムでつながっていたオフサイトセンターにおいても全面退避が議論されているという認識がなかったこと等から判断して、総理によって東電の全員撤退が阻止されたと理解することはできない。
 重要なのは時の総理の個人の能力、判断に依存するのではなく、国民の安全を守ることのできる危機管理の仕組みを構築することである。
 
 当委員会は、事故の進展を止められなかった、あるいは被害を最小化できなかった最大の原因は「官邸及び規制当局を含めた危機管理体制が機能しなかったこと」、そして「緊急時対応において事業者の責任、政府の責任の境界が曖昧であったこと」にあると結論付けた(提言2に対応)。


【被害拡大の要因】

 事故発災当時、政府から自治体に対する連絡が遅れたばかりではなく、その深刻さも伝えられなかった。同じように避難を余儀なくされた地域でも、原子力発電所からの距離によって事故情報の伝達速度に大きな差が生じた。立地町でさえ、3km 圏避難の出た 21 時 23 分には事故情報は住民の 20%程度しか伝わっていない。10km 圏内の住民の多くは 15 条報告から 12 時間以上たった 3 月12 日の朝 5 時 44 分の避難指示の時点で事故情報を知った。しかしその際に、事故の進展あるいは避難に役立つ情報は伝えられなかった。着の身着のままの避難、多数回の避難移動、あるいは線量の高い地域への移動が続出した。その後の長期にわたる屋内避難指示及び自主避難指示での混乱、モニタリング情報が示されないために、線量の高い地域に避難した住民の被ばく、影響がないと言われて 4 月まで避難指示が出されず放置された地域など、避難施策は混乱した。当委員会は事故前の原子力防災体制の整備の遅れ、複合災害対策の遅れとともに、既存の防災体制の改善に消極的であった歴代の規制当局の問題点も確認している。

 当委員会は、避難指示が住民に的確に伝わらなかった点について、「これまでの規制当局の原子力防災対策への怠慢と、当時の官邸、規制当局の危機管理意識の低さが、今回の住民避難の混乱の根底にあり、住民の健康と安全に関して責任を持つべき官邸及び規制当局の危機管理体制は機能しなかった」と結論付けた(提言2に対応)。


【住民の被害状況】

本事故により合計 約15万人が避難区域から避難した。本事故の収束作業に従事した中で、100 m Sv(シーベルト)を超える線量を被ばくした作業員は 167 人とされている。福島県内の 1800km2 もの広大な土地が、年間 5mSv 以上の積算線量をもたらす土地となってしまったと推定される。被害を受けた広範囲かつ多くの住民は不必要な被ばくを経験した。また避難のための移動が原因と思われる死亡者も発生した。しかも、住民は事故から 1 年以上たっても先が見えない状態に置かれている。政府は、このような被災地域の住民の状況を十分把握した上で、避難区域の再編、生活基盤の回復、除染、医療福祉の再整備など、住民の長期的な生活改善策を系統的、継続的に打ち出していくべきであるが、縦割り省庁別の通常業務的施策しかなく、住民の目から見ると、いまだに整合性のある統合的な施策が政府から打ち出されていない。
 我々が実施したタウンミーティングや 1 万人を超す住民アンケートには、いまだに進まない政府の対応に厳しい声が多数寄せられている。
 放射線の急性障害はしきい値があるとされているが、低線量被ばくによる晩発障害はしきい値がなく、リスクは線量に比例して増えることが国際的に合意されている。
 年齢、個人の放射線感受性、放射線量によってその影響は変わる。また未解明の部分も残る。一方、政府は一方的に線量の数字を基準として出すのみで、どの程度が長期的な健康という観点からして大丈夫なのか、人によって影響はどう違うのか、今後、どのように自己管理をしていかなければならないのかといった判断をするために、住民が必要とする情報を示していない。政府は住民全体一律ではなく、乳幼児から若年層、妊婦、放射線感受性の強い人など、住民個々人が自分の行動判断に役立つレベルまで理解を深めてもらう努力をしていない。

 当委員会は、「被災地の住民にとって事故の状況は続いている。放射線被ばくによる健康問題、家族、生活基盤の崩壊、そして広大な土地の環境汚染問題は深刻である。いまだに被災者住民の避難生活は続き、必要な除染、あるいは復興の道筋も見えていない。当委員会には多数の住民の方々からの悲痛な声が届けられている。先の見えない避難所生活など現在も多くの人が心身ともに苦難の生活を強いられている」と認識する。また、その理由として「政府、規制当局の住民の健康と安全を守る意思の欠如と健康を守る対策の遅れ、被害を受けた住民の生活基盤回復の対応の遅れ、さらには受け手の視点を考えない情報公表にある」と結論付けた(提言3に対応)。


【問題解決に向けて】

 本事故の根源的原因は「人災」であるが、この「人災」を特定個人の過ちとして処理してしまう限り、問題の本質の解決策とはならず、失った国民の信頼回復は実現できない。これらの背後にあるのは、自らの行動を正当化し、責任回避を最優先に記録を残さない不透明な組織、制度、さらにはそれらを許容する法的な枠組みであった。また関係者に共通していたのは、およそ原子力を扱う者に許されない無知と慢心であり、世界の潮流を無視し、国民の安全を最優先とせず、組織の利益を最優先とする組織依存のマインドセット(思い込み、常識)であった。

 当委員会は、事故原因を個々人の資質、能力の問題に帰結させるのではなく、規制される側とする側の「逆転関係」を形成した真因である「組織的、制度的問題」がこのような「人災」を引き起こしたと考える。この根本原因の解決なくして、単に人を入れ替え、あるいは組織の名称を変えるだけでは、再発防止は不可能である(提言4、5及び6 に対応)。


【事業者】

 東電は、エネルギー政策や原子力規制に強い影響力を行使しながらも自らは矢面に立たず、役所に責任を転嫁する経営を続けてきた。そのため、東電のガバナンスは、自律性と責任感が希薄で、官僚的であったが、その一方で原子力技術に関する情報の格差を武器に、電事連等を介して規制を骨抜きにする試みを続けてきた。
 その背景には、東電のリスクマネジメントのゆがみを指摘することができる。東電は、シビアアクシデントによって、周辺住民の健康等に被害を与えること自体をリスクとして捉えるのではなく、シビアアクシデント対策を立てるに当たって、既設炉を停止したり、訴訟上不利になったりすることを経営上のリスクとして捉えていた。
 東電は、現場の技術者の意向よりも官邸の意向を優先したり、退避に関する相談に際しても、官邸の意向を探るかのような曖昧な態度に終始したりした。その意味で、東電は、官邸の過剰介入や全面撤退との誤解を責めることが許される立場にはなく、むしろそうした混乱を招いた張本人であった。
 本事故発生後における東電の情報開示は必ずしも十分であったとはいえない。確定した事実、確認された事実のみを開示し、不確実な情報のうち特に不都合な情報は開示しないといった姿勢がみられた。特に 2 号機の事故情報の開示に問題があったほか、計画停電の基礎となる電力供給の見通しについても情報開示に遅れがみられた。

 当委員会は「規制された以上の安全対策を行わず、常により高い安全を目指す姿勢に欠け、また、緊急時に、発電所の事故対応の支援ができない現場軽視の東京電力経営陣の姿勢は、原子力を扱う事業者としての資格があるのか」との疑問を呈した(提言4に対応)。


【規制当局】

 規制当局は原子力の安全に対する監視・監督機能を果たせなかった。専門性の欠如等の理由から規制当局が事業者の虜(とりこ)となり、規制の先送りや事業者の自主対応を許すことで、事業者の利益を図り、同時に自らは直接的責任を回避してきた。規制当局の、推進官庁、事業者からの独立性は形骸化しており、その能力においても専門性においても、また安全への徹底的なこだわりという点においても、国民の安全を守るには程遠いレベルだった。
 
 当委員会では「規制当局は組織の形態あるいは位置付けを変えるだけではなく、その実態の抜本的な転換を行わない限り、国民の安全は守られない。国際的な安全基準に背を向ける内向きの態度を改め、国際社会から信頼される規制機関への脱皮が必要である。また今回の事故を契機に、変化に対応し継続的に自己改革を続けていく姿勢が必要である」と結論付けた(提言5に対応)。


【法規制】

 日本の原子力法規制は、その改定において、実際に発生した事故のみを踏まえた、対症療法的、パッチワーク的対応が重ねられ、諸外国における事故や安全への取り組み等を真摯に受け止めて法規制を見直す姿勢にも欠けていた。その結果、予測可能なリスクであっても、過去に顕在化していなければ対策が講じられず、常に想定外のリスクにさらされることとなった。
 また、原子力法規制は原子力利用の促進が第一義的な目的とされ、国民の生命・身体の安全が第一とはされてこなかった。さらに、原子力法規制全体を通じての事業
者の第一義的責任が明確にされておらず、原子力災害発生時については、第一義的責任を負う事業者に対し、他の事故対応を行う各当事者がどのような活動を行って、これを支援すべきかについての役割分担が不明確であった。
 加えて、諸外国で取り入れられている深層防護の考え方についても、法規制の検討に際し十分に考慮されてこなかった。

 当委員会では、「原子力法規制は、その目的、法体系を含めた法規制全般について、抜本的に見直す必要がある。かかる見直しに当たっては、世界の最新の技術的知見等を反映し、この反映を担保するための仕組みを構築するべきである」と結論付けた(提言6に対応)。

 以上のことを認識し、教訓とした上で、当委員会としては、未来志向の立場に立って、以下の 7 つの提言を行う。今後、国会において十分な議論をいただきたい。なおこの 7 つの提言とは別に、今後、国会による継続監視が必要な事項を本編付録として添付した。


提言の実現に向けて

 ここに示した7つの提言は、当委員会が国会から付託された使命を受けて調査・作成した本報告書の最も基本的で重要なことを反映したものである。したがって当委員会は国会に対してこの提言の実現に向けた実施計画を速やかに策定し、その進捗の状況を国民に公表することを期待する。
 この提言の実現に向けた第一歩を踏み出すことは、この事故によって、日本が失った世界からの信用を取り戻し、国家に対する国民の信頼を回復するための必要条件であると確信する。
 事故が起こってから 16 カ月が経過した。この間、この事故について数多くの内外の報告書、調査の記録、著作等が作成された。そのいくつかには、我々が意を強くする結論や提案がなされている。しかし、わが国の原子力安全の現実を目の当たりにした我々の視点からは、根本的な問題の解決には不十分であると言わざるを得ない。
 原子力を扱う先進国は、原子力の安全確保は、第一に国民の安全にあるとし、福島原子力発電所事故後は、さらなる安全水準の向上に向けた取り組みが行われている。一方、わが国では、従来も、そして今回のような大事故を経ても対症療法的な対策が行われているにすぎない。このような小手先の対策を集積しても、今回のような事故の根本的な問題は解決しない。
 この事故から学び、事故対策を徹底すると同時に、日本の原子力対策を国民の安全を第一に考えるものに根本的に変革していくことが必要である。
 ここにある提言を一歩一歩着実に実行し、不断の改革の努力を尽くすことこそが、国民から未来を託された国会議員、国権の最高機関たる国会及び国民一人一人の使命であると当委員会は確信する。
 福島原発事故はまだ終わっていない。被災された方々の将来もまだまだ見えない。国民の目から見た新しい安全対策が今、強く求められている。これはこの委員会の委員一同の一致した強い願いである。

                                                                        • -

*1 IAEA の深層防護(Defence in Depth) 

*2 平成13(2001)年 9 月 11日の同時多発テロの後、平成14(2002)年 2 月にNRC(米国原子力規制委員会)が策定したテロ対策。全電源喪失を想定した機材の備えと訓練を米国の全原子力発電所に義務付けている。

*3 これは規制当局が事業者の「虜(とりこ)」となって被規制産業である事業者の利益最大化に傾注するという、いわゆる「規制の虜(Regulatory Capture)」によっても説明できるものである。