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プーチン大統領、「第二次世界大戦終結日の変更」法に署名(Sputnik日本)/ロシアが第二次大戦終結日を変更 何を意味するか?(チャイナネット)

プーチン大統領、「第二次世界大戦終結日の変更」法に署名(Sputnik日本)/ロシアが第二次大戦終結日を変更 何を意味するか?(チャイナネット)









(Sputnik日本)

https://jp.sputniknews.com/75-victory/202004247395723/





プーチン大統領、「第二次世界大戦終結日の変更」法に署名







© Sputnik / Mikhali Klimentyev





戦勝75周年





2020年04月24日 20:42






ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、第二次世界大戦終結日を9月2日から3日に変更する法に署名した。法文書が24日(金)法情報公式サイトで公開された。





この法案が下院で可決された後、ロシア連邦大統領府付属市民社会・人権発展評議会は終結日の変更に反対を表明した。ワレーリィ・ファデエフ評議会議長はワレンチナ・マトヴィエンコ上院議長に対し、9月3日はベスラン学校占拠事件を偲ぶ日であり、戦争終結の祝日として受け入れられないという同評議会の立場を配慮するよう請願を提出していた。マトヴィエンコ上院議長は記者団に対し、この法案をめぐり過剰な騒ぎが起きていると説明。戦争終結日は歴史的公平性を回復するものであり、何らかの祝賀行事を想定するわけではないと言及した。





北オセチア・ベスラン学校占拠事件





© Sputnik / Vladimir Fedorenko

9月3日は「対軍国日本戦勝記念日」に? ロシア下院に法案を提出






2004年9月3日、多国籍の武装集団が北オセチア共和国ベスラン市の第1小中学校を占拠した。学校占拠は9月1日の入学式兼始業式の最中に起こり、学校には当時1128人がいた。その大多数は児童だった。武装集団はその後3日間にわたり児童と教師を人質にとり、水や食べ物を一切与えずに拘束した。



ロシア特殊部隊が突入し人質は解放された。この占拠事件によって333人が死亡。そのうち186人は児童だった。また783人が負傷した。



ロシアでは2005年から9月3日はテロとの戦いにおける連帯の日として国民の公式記念日となっている。この日はベスラン事件の犠牲者や負傷者を全土で偲ぶ。





第二次世界大戦終結日の変更



これより前、ソ連とロシアでは第二次世界大戦の正式な終結日は、日本が無条件降伏文書に調印した9月2日とされてきた。終結日法案の作者によると、終結日を変更することにより第二次世界大戦の勝者として歴史的正当性がより明確になるという。1945年の時点では、9月3日は対日戦勝記念日としてソ連で正式な祝日と認められていた。ただし1947年にはそれが忘れられ、3日に代わり9月2日を戦勝記念日として祝うようになった。



1995年以降のロシアでは9月2日を「軍の栄光の日」として、ロシア軍の大勝利を祝う日になった。



第二次世界大戦終結日の変更法案は4月14日に下院を通過、17日は上院で採択された。現在は大統領の決定・調印を待つ段階にある。





タグ 第二次世界大戦, ロシア











(チャイナネット)

http://japanese.china.org.cn/politics/txt/2020-04/26/content_75977819.htm





ロシアが第二次大戦終結日を変更 何を意味するか?





タグ:歴史 ロシア 領土 終戦日 戦勝国





発信時間:2020-04-26 13:03:35 | チャイナネット |






ロシアのプーチン大統領は24日、第二次大戦の終結日を1945年の9月2日から9月3日に変更する法案に署名した。この変更には重要な政治・外交の意義が込められている。



(一)歴史の真相を復元し、ロシアの国の結束力を強める。ロシア・ドゥーマの国防委員会のシャマノフ委員長は、これは「歴史の基礎と愛国主義の伝統を固める」措置であると強調した。ロシア社会は歴史と伝統、特にロシアに大きな影響を及ぼした歴史的事件を重視してきた。1日の変化に過ぎないが、ロシア人の歴史の事実に対する「本気」を示した。ソ連邦最高会議幹部会の法令に基づき、ソ連は1945年に9月3日を対日戦争勝利日にすることを宣言した。当時約180万人のソ連軍の兵士が手にした対日戦争勝利褒章には、1945年9月3日と記されている。2020年は第二次大戦終戦75周年だ。このタイミングで終結日を変更することで、ロシア人の歴史の記憶を呼び覚まし、社会の結束力と愛国主義の伝統を強化できる。



(二)南クリル諸島への合法性を強化する。ロシアにとって、日本の降伏文書署名は法理的に南クリル諸島(日本名・北方四島)の合法性を認めており、露日の間にはいわゆる領土紛争は存在しない。第二次大戦終結日の変更の法案を提出したのは極東の議員で、この措置によりロシアの極東の領土に対する合法性を一定程度強化した。ロシアは近年、法律レベルで領土保全を強化している。今年承認されたばかりの憲法改正案は、再び「本国領土の割譲を禁じる」と強調した。これは第二次大戦の終結日の変更と図らずも合致している。



(三)第二次大戦終結日の変更は、主に歴史の事実及びロシア国内の政治の需要に基づくものだが、同法案は中露民間外交の共通の話題を作った。冷戦終結後、旧ソ連陣営だった中東欧諸国が次々と西側に転じ、ロシアと共に第二次大戦勝利日を記念しなくなった。これらの国は旧ソ連との関係を全面的に断ち切ろうとし、旧ソ連赤軍第二次大戦記念碑を直接撤去するか移動し、旧ソ連と関連する名称を変更するなどした。ポーランドはさらに、ロシアは第二次大戦の戦勝国ではなく、ナチスドイツと同じ侵略者であり、第二次大戦の勃発の責任を負うべきと批判した。



中露は世界平和の維持、日本のファシズムへの反対などの面で、類似する歴史観を持つ。ロシアの第二次大戦終結日は変更後、中露の抗日戦争勝利記念日並びに世界の反ファシズム戦争勝利記念日と重なった。ロシアメディアもすでにこれに注意しており、報道の中で「ロシアは米国とではなく、中国と共に第二次大戦の勝利を祝うようになった」と伝えた。(筆者・張弘 中国社会科学院ロシア・東欧・中央アジア研究所研究員)





「中国網日本語版(チャイナネット)」2020年4月26日