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「日本における死刑廃止の訴えについて」(Suptnik日本):阿修羅♪

「日本における死刑廃止の訴えについて」(Suptnik日本):阿修羅♪

http://www.asyura2.com/12/social9/msg/717.html













http://jp.sputniknews.com/opinion/20160915/2779038.html





日本における死刑廃止の訴え:グローバルなトレンドか、日本社会の立場の変化か?







© AFP 2016/ Yoshikazu Tsuno





オピニオン





2016年09月15日 21:25(アップデート 2016年09月16日 03:54)





エフゲーニヤ モイセーエワ






日本弁護士連合会が2020年までに死刑制度の廃止を目指すと宣言する準備を進めている。この問題に関する世界世論の立場は一義的で断固たるものだ。現在死刑が行われているのは世界のわずか58カ国しかなく、うちの大部分はいわゆる先進国には数えられていない。日本はこの状況を脱するべきか?





日弁連はこれまで公に死刑廃止訴えたことはなかった。しかし今年、日弁連は既に改革の必要性を訴える宣言案を作成した。主な条項は全世界の死刑制度廃止運動の主張と完全に一致している。 死刑に断固反対の立場で知られる法学博士で1991年から2002年憲法裁判所判事を務めたロシア功労法学者タマーラ・モルシチャコワ氏はスプートニクのインタビューで次のように語った。



「死刑は犯罪率低減につながらない。死刑が行われている諸国の犯罪統計がそれを示している。加えて死刑にはほかの否定的影響もある」。たとえば、社会における残酷さの教育、死刑の脅威は事前に計画されたものでなければ犯罪を予防できないと言う事実、重要なのは、無実の人を裁いてしまった場合に司法の錯誤をただすことが不可能である事。「概してこの措置は社会における残酷さの教育と人命軽視に意味を見出さないならば相当無意味である」と同氏。



日弁連の宣言でも全く同様の条項が見られる。こうした立場は死刑に反対する世界世論の一部の共通見解となっている。彼らの主要な提言については国際人権団体アムネスティ・インターナショナルサイトなどで読める。



スプートニクアムネスティ・インターナショナルで東アジアを専門とするキアラ・サンジョルジョ氏からもコメントを得た。



アムネスティ・インターナショナル日弁連の決定を歓迎する。第一に私は政府の行動を正当化するために世論の死刑支持を用いることを疑うべきだと考える。また、今一度、日本政府に国内の死刑実施を全面的かつ入念に議論しはじめることを保障せよという我々の訴えを繰り返したい。また我々は死刑判決の実行をより透明化し、事前に社会や被告の家族に通知し、できるだけ早く死刑完全廃止に進むよう訴えている」



同氏は日本内外の研究(英レディング大学講師(犯罪学)の佐藤舞氏など)に言及、日本政府が典拠とする世論調査は質問の仕方が正しくないため必ずしも信ずるに値するものではない、と述べた。「死刑廃止は不可能だと思うか」との問いに80%が「やむを得ない」と答えたとしても、それが死刑の実行を「支持」していることを意味するものではない、という。サンジョルジョ氏は、違う聞き方で行った調査では結果が異なっていた、と述べた。



そしてやはり、日本の立場は欧州のそれとは異なる。日本人は死刑のある国で生まれ、日々、自分の国が相当安全であることを目にしている。また当局もメディアも国の公式の立場を伝えるのに多大な努力をとっている。日本と欧州の死刑に関する立場の違いにはさらに深い理由もある。歴史学博士でモスクワ国立国際関係大学東洋学部長のドミートリイ・ストレリツォフ氏はスプートニクに次のように述べた。



死刑廃止はとりもなおさず欧州プロセスだ。刑罰の緩和化というアイデアは欧州でうまれ、日本にはあまり定着していない。それは日本の刑罰システムの伝統とも関係がある。そこには犯罪者の権利の擁護というものがなかった。それが世論に理解されており、日本には死刑廃止の広範な動きはない」



ストレリツォフ氏は、今日本は政治面で刑罰緩和化を求める国際および欧州組織の圧力にあっている、という。世界の大国の役を担おうとするならば日本もこの方面におけるグローバルな傾向を考慮せざるを得ず、死刑廃止の問題を考えざるを得ない。すでに日本では死刑はきわめてまれに、個別かつ例外的にしか行われておらず、廃止が近い将来なされる可能性は充分ある、と専門家は語る。



「犯罪者であろうと国民である。国民を死刑に処すことにより国家は他の国民を残酷さで教育し、国民相互間または国民から国家への残酷さをあらたに生み出し続けている。これもまた有害で非生産的なことだ。犯罪と効果的に戦うなら、慎重かつ効率的な経済政策、効率的な社会政策、調和的で現代的かつ文明的な刑務所システムおよび全治安組織の稼働が必要だ。これをするのは死刑を導入するより難しいことだ」。2001年に大統領就任当初のプーチン大統領がロシアにおける死刑再施行反対の演説で述べた。



「一番難しいこと」を日本はすでに非常に高いレベルで達成している。あとは簡単なことに取り掛かるだけだ。







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http://jp.sputniknews.com/opinion/20160922/2803017.html





人は変わり得る存在?死刑廃止の潮流はなぜ生まれたか、日露の事情







© Flickr/ sean hobson





オピニオン





2016年09月22日 10:01(アップデート 2016年09月22日 19:04)





徳山 あすか






今日、世界で死刑制度を維持している国は少なくなりつつある。ロシアのように、制度としては死刑が残っているものの、事実上執行停止されている国も多い。日本弁護士連合会(日弁連)は、来月に福井県で行われる人権擁護大会で、死刑制度の廃止を含む、刑罰制度全体の改革を求める宣言を提案する予定だ。





死刑というテーマが人権擁護大会で取り上げられるのは、これが初めてではない。日弁連は2011年の大会で「罪を犯した人の社会復帰のための施策の確立を求め、死刑廃止についての全社会的議論を呼びかける」宣言を採択した。この根底にあったのは、死刑のない社会が望ましいという考え方だ。それを受けて様々な議論が行われている最中の2014年、日本最大の冤罪事件とも言われる「袴田事件」の再審開始が決まり、袴田巌さんが釈放された。



日弁連の二川裕之(ふたがわ・ひろゆき)事務次長は、経緯について次のように話している。



二川氏「2011年以降、各弁護士会の中で死刑制度について考える委員会を立ち上げたり、国会議員や報道関係者との議論、海外調査などを積み重ねてきました。この間に2つの大きな流れ、死刑執行をしている国が少なくなってきているという国際的な潮流と、目立った冤罪事件が出てきました。もちろん冤罪の場合に死刑を執行すると取り返しがつかないことになります。このような大きな流れを受けて、あらためて死刑制度を人権擁護大会の大きなテーマとすることにしました。



議論は積み重ねてきましたから、今回は全社会的に議論を呼びかけるだけではなくて、もう一歩進めたもの、日弁連としてある程度はっきりした『国連犯罪防止刑事司法会議が日本で開催される2020年までに、死刑制度の廃止を目指すべきである』というスタンスを打ち出したのです。」




日本の歴史に詳しいモスクワ国立国際関係大学・東洋学部長のドミトリー・ストレリツォフ教授は、刑罰緩和というアイデアはヨーロッパで生まれたもので、日本の刑罰システムの伝統には、犯罪者の権利の擁護という概念がなかったと指摘している。またストレリツォフ教授は、日本は国際社会から圧力をかけられており、大国として死刑廃止という世界的な潮流を考慮せざるを得なくなっていると見ている。いっぽう二川氏は、日本国内の議論や冤罪の恐怖が高まっていることを指摘し、世界的な潮流と日本の国内情勢は、死刑廃止の流れに同程度の比重を占めているという見解を示している。



死刑が制度として存在しているにもかかわらずロシアで執行されていない理由は、「再犯を防ぐことにつながらない」という認識があるからだ。死刑は常に議論の的になっており賛否両論あるが、プーチン大統領は2013年の国民との対話において「死刑を復活させても、犯罪者が更生するわけでもなければ、犯罪率が下がることもない」と述べている。昨年春には右派で知られるロシア自由民主党の議員が、テロ実行犯と麻薬中毒者に対して死刑を復活させるよう求めたが、議会はそれを拒否した。



もし日本で死刑制度が廃止された場合は終身刑がその代替刑となる。しかしその中身については、仮釈放の可能性の有無や時期など、専門家の間でも意見が分かれているのが現状だ。日弁連の今年の提言では、死刑廃止だけではなく、刑罰制度そのものの改革や、受刑者の再犯防止と社会復帰のための法制度についても触れられる予定になっている。例えば懲役刑と禁固刑を「拘禁刑」という形で一元化し、強制労働ではなく賃金制を採用する、あるいは受刑者を閉じ込めるよりも社会の中で処遇するといったことが提案される見通しだ。



これら提言案の根底にあるのは、「犯罪者をとにかく刑務所に入れればよいというものではない。人間は変わり得る存在だ」という価値観である。犯罪を犯した人にもきちんとした処遇をし、彼らを社会に復帰させる。日弁連は、このような方向に刑罰制度全体がシフトしていくべきである、という理念をもっている。





なお記事の中で述べられている見解は、必ずしも編集部の立場とは一致していません。







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