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「日本は4年前の福島の大事故を思い出す」(DW English):阿修羅♪

「日本は4年前の福島の大事故を思い出す」(DW English):阿修羅♪

http://www.asyura2.com/09/ishihara13/msg/720.html











(Japan remembers Fukushima disaster four years on: DW English)

http://www.dw.de/japan-remembers-fukushima-disaster-four-years-on/a-18306812





日本





日本は4年前の福島の大事故を思い出す





2011年3月11日、マグニチュード9の地震東北日本を襲ったことから、人道上の危機と核の大災害が発生した。あれから4年が経ち、日本はあの日の犠牲者を悼み苦しみが続く人々に思いを寄せている。









水曜日の午後、 4年前に繰り広げられたいくつもの悲惨な出来事を市民たちが思い出すと、日本中が沈黙に包まれた。あの時は、沖合で発生した地震津波を引き起こし東北地方の海岸線に大きな被害を与えたのだった。



安倍晋三・日本首相や明仁天皇を始めとして首都・東京で追悼式典が開かれた。式典には犠牲者の家族も参加することになっている。



フクシマの大事故として知られるようになったものは、2011年3月11日の現地時間午後2時46分(協定世界時05時46分)に発生した地震から始まった。このマグニチュード9の地震は、牡鹿半島の東約70km(43マイル)の深さ24kmの地点を襲った。



それから20分ほど後、津波が北の島・北海道から南の沖縄島までの沿岸の町に押し寄せ、15,000人以上の人々が死亡した。日本の警察庁によれば、その区域の住民2,000人以上がいまなお行方不明者として分類されている。



津波の波が福島第1原発に達して原子炉のメルトダウンと爆発を引き起こすと、原発の大事故への恐怖は増大していった。





400,000棟を上回る建物や家屋が津波によって破壊された




未来に続く道は不確実だ



4年が経ったが、この双子の災害により数万の住民がいまなお住まいを失ったままだ。日本政府は兆単位の資金を投入して再建に取り組んでいるが、より大きな問題は−特に、汚染水によっていまだに水浸しになっている福島の原子炉の廃炉に向けた格闘が続いていることを考慮しながら−日本が原子力エネルギーを追い求めるべきか否かだ。



日本首相は水曜日の諸行事に先立ち、日本は今や一層念入りな準備ができており、今後も原子力に依存(投稿者による和訳していくと繰り返し表明した。この発言はアンゲラ・メルケル独連邦首相との共同記者会見の間に出たが、メルケル氏は日本に対して2020年代原子炉の段階的廃止(投稿者による和訳を主導するドイツに倣うよう促している。



日本人ノーベル賞作家で反原発活動家の大江健三郎氏はこの独連邦首相のメッセージに共鳴し、この4年目の節目を前に安倍氏に政府の立場を考え直すよう呼びかけた。



「日本の政治家たちは事態の変化を試みようとせず、現状を維持しているだけだ−この大規模な原発事故の後でさえ、そして、今度事故が起きればそれだけで日本の未来は終わりだと、私たち全てが知っているにもかかわらずだ」と、大江氏は火曜日に語った。





kms/gsw (AP, AFP, Reuters, dpa)





発表 2015年3月11日

関連テーマ 福島アンゲラ・メルケル

キーワード 安倍晋三地震津波福島メルケル大江












(Japan remembers tsunami and Fukushima victims four years on)

http://www.dw.de/japan-remembers-tsunami-and-fukushima-victims-four-years-on/a-18306982





大災害





日本は4年前の津波の犠牲者と福島の大事故の被災者を思い出す





日本の地震津波から4年が経ち、国内では死亡した数万の人々を思い出している。これらが引き起こした福島の大事故は危機を誘発し、国内に原発をめぐる対立を残した。









水曜日の午後2時46分(協定世界時5時46分)、2011年3月11日にマグニチュード9.0の海底地震が日本の東北沿岸を襲った丁度その瞬間に、津波警報のサイレンが鳴り響くと日本中が沈黙の時間が流れた。



国中が黙祷を捧げている間、日本の東北沿岸の大きな被害を受けた区域の周辺市町村では市民たちが追悼式典を開き、被災者やボランティアたちが手を取り合って祈ったり頭を垂れたりしているのが見えた。



日本の首都・東京でも、明仁天皇美智子皇后を始めとして日本の平時における最悪の災害で死亡した人々に追悼の言葉を送った。



「あの日テレビで見た恐ろしい津波の映像を、私たちは決して忘れることができない」と明仁氏は式典で述べた。



「大災害の被災者をめぐる状況はいまだに深刻だ」と、彼は付け加えた。「この大災害に被災した人々の苦痛と悲しみを意識し、健康面の手当てや精神的な支援を提供することにより、私たちは再建の作業を加速させなければならない。」





目に見える傷跡



フクシマの大事故として知られるようになったものは、牡鹿半島の東約70km(43マイル)の深さ24kmの地点を襲ったマグニチュード9の地震によって始まった。





400,000棟を上回る建物や家屋が津波によって破壊された





地震発生から20分ほどしてから、津波が北の島・北海道から南の沖縄の島々まで押し寄せ、このため400,000棟を超える建物や家屋が破壊され15,891人の人々が死亡した。日本の警察庁によれば、さらに2,584人が行方不明者のリストに載っている。遺体は現在も見つかり続けている。



津波の波が福島第1原発に達して原子炉のメルトダウンと爆発を引き起こすと、原発の大事故への恐怖は増大していった。



日本政府は兆単位の資金を投入して再建に取り組んでいるが、地形にはいまだに傷跡が目に見えており、この悲劇は多くの人に窮乏をもたらし続けている。





原子力の議論



原発メルトダウンの後、日本の全ての原子炉のスイッチは少しずつ切られていった。しかし、ほぼ4年が経ち、日本は原子力エネルギーの追求(投稿者による和訳を再開すべきか否か−特に、汚染水によっていまだに水浸しになっている福島の原子炉の廃炉に向けた格闘が続いていることを考慮しながら−を検討しているところだ。



安倍晋三政権や産業界の多くは、円が下落する中でドル建ての化石燃料が経済にもたらす高いコストのために原子炉の再開を強く望んでいるが、一般国民は疑いの念を強めている。



2ヵ所の原発原子力当局から公式な承認を受けたが、地元の指導者が一般住民との議論を経て承認を与えない限り再開しないだろう。







発表 2015年3月11日

関連テーマ 福島

キーワード 日本福島地震津波大災害原子力エネルギー東京












(Japan remembers Tsunami victims four years on: DW English)

http://www.dw.de/japan-remembers-tsunami-victims-four-years-on/av-18307673





ジャーナル





日本は4年前の津波の犠牲者を思い出す





日本は4年前に国内に大きな被害を与えた津波による被害者を追悼する式典を開いた。数万の日本国民がこの大災害によって生じた悲しみやトラウマといまなお格闘している。
















(投稿者より)



ドイチェヴェレ(英語)サイトに掲載された記事です。誤訳があるかも知れません。ご容赦下さい。



"On March 11, 2011, a magnitude 9 earthquake struck northeast Japan, unleashing a humanitarian and nuclear disaster. "「2011年3月11日、マグニチュード9の地震東北日本を襲ったことから、人道上の危機と核の大災害が発生した。」頭からモノの見方が違いますが、ドイツはきちんと見ているようです。