page contents

福島の大事故:吉田昌郎氏の死後に明かされた新事実(RFI):阿修羅♪

福島の大事故:吉田昌郎氏の死後に明かされた新事実(RFI):阿修羅♪

http://www.asyura2.com/14/genpatu40/msg/322.html









(Catastrophe de Fukushima: révélations posthumes de Masao Yoshida : RFI)

http://www.rfi.fr/asie-pacifique/20140913-catastrophe-fukushima-revelations-posthumes-masao-yoshida/





日本原子力





発表 2014年9月13日・更新 2014年9月13日15:13






福島の大事故:吉田昌郎氏の死後に明かされた新事実





記者 RFI





2011年5月30日、会議中の吉田昌郎氏。2011年3月11日以降、当時の福島発電所長は昼も夜も大事故の現場に居続けた。

REUTERS/Tokyo Electric Power






これは死者の声であると同時に、日本・福島の原子力大事故の巻き添えとなった犠牲者の声であり、しかも、これが2011年3月11日の津波によって破壊された福島第1原発で当時指揮を執り、去年ガンで亡くなった吉田昌郎氏の声であるだけに、一層強く響く。





報告 RFI東京特約記者、フレデリック・シャルル





これは実際には、日本政府が金曜日に公表した、3年半前の惨劇の立て役者全員に聴取した具さな記録だ。発電所の元所長は当時の政権のために苦しんだ。不真面目で適当な危機対応にだ。



菅直人・日本首相と東電幹部たちの介入が混乱の種を蒔き事態を悪化させた。「菅直人氏と東電は、原発というものがどのように動いているのかを全く知らなかった」と、吉田昌郎氏は考えた。





「誰1人逃げてない」





同様に、日本の大メディアたちも全く無知だった。最大級の日刊紙・朝日新聞もまた、発電所作業者の大部分がパニックに陥って逃げたと書いた。「これ以上間違ったことを言うな!」と、吉田昌郎氏は応えた。「逃げなければならなかったとしても、必要不可欠な最小限の人員は発電所に残っただろう。」



今日、その原子力のエキスパートたちは吉田昌郎氏によるこうした証言に反応し、「福島で最悪の事態が回避されたとするならば、それは彼のおかげだ」と表明している。彼は勇気を奮って東電と政府の指示を無視した。彼はまた、「汚染水の処理に直ちに取り組まなければ、福島の状況を安定させるのは難しいだろう」と正確に予告していた。











(投稿者より)



RFIサイトに掲載された記事です。誤訳があるかも知れません。ご容赦下さい。



「吉田調書」は内閣官房サイトで公開されています。また、テキストにリンクのあった記事は以前に和訳を投稿しましたので、興味がありましたらお読み下さい。