page contents

フクシマの6カ月後に、日本はヒロシマの66周年を記念する(RFI):阿修羅♪

http://www.asyura2.com/11/genpatu15/msg/480.html













(Six mois après Fukushima, le Japon commémore le 66e anniversaire d'Hiroshima: RFI)

http://www.rfi.fr/asie-pacifique/20110805-6-mois-apres-fukushima-le-japon-commemore-le-66e-anniversaire-hiroshima





日本/原子力/記念式典−記事発表:2011年8月6日土曜日−最終更新:2011年8月6日土曜日





フクシマの6カ月後に、日本はヒロシマの66周年を記念する





記者:ヴァンサン・イリュティユ











1945年8月6日、現地時間8時15分、史上初の原子爆弾が広島の600m上空で爆発する−爆発性TNT・1万5千トンに相当する爆発だ。この日本の都市は瞬時に破壊し尽くされ、7万5000人が即死する。現在、福島の事故から6カ月が経ったが、8万人がこの民生用原子力による大災害の影響に苦しんでいる。





広島で最初の原子爆弾が爆発したことを受けた、日本政府の反応は遅い。その2日後、1945年8月8日、ソ連は日本に宣戦布告する。そして8月9日、もう一発の原子爆弾が長崎を叩きのめす。今度はプルトニウム爆弾だ−広島のものはそれと異なり、ウラン235が使われた爆弾だった。2発の爆弾により、世界は原子力時代に突入し、地政学・軍事・哲学の論争が始まり、それが66年後も続いている。



平和主義者は、原子爆弾の使用に疑義を抱いている。そうでない立場の人々は、原子爆弾の攻撃によって、第二次世界大戦終結が早まったと考える。原爆投下のおかげで、その国家間の抗争は数ヶ月短くなったのかもしれず、その帰結として、数十万人の米軍兵士の命や、日本に占領されていた地域の民間人・捕虜の命が救われることになった。



反対派の主張は、原爆投下は戦争犯罪と考えられ、不要だった。原子爆弾は、主として民間人を殺したからだ。このような反対派にとって、核兵器の使用に軍事的な正当性は全くない。





原爆投下の影響





爆弾の内部で核分裂によって生じたエネルギーは、熱・風・放射線に変換される。つまり、3重の大きな被害をもたらす効果がある。直径1kmの火の玉が、広島上空に出現する。地上では、温度は数千度に達する。1km圏内では、全てが気化し、灰となる。爆心から4kmまでは、建物や人間が即座に発火する。爆発の衝撃波は時速1000km近くの速さに達し、そのために、広島市街の建物・90000件のうち62000件が倒壊する。被災者への放射能の影響は−特にガンは−爆発後わずか数ヶ月から数年で現れる。死者は合計で25万人と言及されてきたが、正確な犠牲者数が判明することはまずないだろう。





ヒロシマとフクシマ





今年の広島・長崎の原爆記念式典は、特に重大な意味を持つ−それは、現在の状況と結びついている。2011年3月11日に発生した、リヒター・スケールでマグニチュード9の地震は、津波を引き起こし、東北地方の沿岸部に大きな被害を与え、2万人以上の死者を出した。14mの高さの波によって福島原発は損壊し、一連の事故が続いて発生した。福島第一原発の6基の原子炉のうち、3基の原子炉で炉心が部分的に溶融し、そのために、この地域と海洋環境に放射性物質が放出された。



福島の事故は、国際原子力事象評価尺度(INES)のレベル7(最大級)と評価された。これは、チェルノブイリの大事故(1986年4月26日)と同じレベルの重大事故と位置づけられる。チェルノブイリの事故は、レベル7と評価された最初の原発事故で、現在までに記録されている最も重大な原発事故と認識されている。



福島と広島の間は800kmで、原子力にアレルギーを抱く人たちが交流を持つことは容易だった。現在では、原子力の国内利用という選択に多くの日本人が疑問を抱いている。民生用原子力の危険に、日本人は気づいていたようだ−2発の原爆攻撃を受けていたのだから。





被災者への差別





広島では、1945年8月6日の原爆投下の記憶が、時とともに薄れている。「ヒバクシャ」、つまり、いまでも証言ができる被災者は少しずつ人数が減り、若者たちは過去をどんどん忘れていく。さらに、日本では、原爆攻撃による被災者は、放射線の影響についての根拠のない思いこみのために、長年にわたり差別を受けてきた。



この差別のリスクが、現在、福島原発の一帯に住む人々を圧迫しているようだ。日本人の一部は−見当違いにも−放射線に関係する病気は、先天的なものだとか、伝染性のものだとかと、いまだに考えているのだ。



広島では、平和記念公園の慰霊碑の中に、原爆投下の犠牲者と認められた全ての人の名前が納められており、平和の灯が長年にわたり燃えている。核兵器が存在する限り、この炎は点され続けるだろう。不幸にも、この炎はまだ消える方向にない。











(投稿者より)



RFIサイトに掲載された記事です。誤訳があるかもしれません。ご容赦下さい。



この記事はタイトルの時点で、既に事実と相違しています。福島の事故からまだ5カ月も経っていないことは、数を数えることができる人なら、誰でも分かることです。それでも、RFIは記者の主観を重視するようで、記者が「6」を3つ並べたのは、原子力に内在する悪魔的な要素を強調したかったのでしょう。



日本人の一人としては、冷静に読むことが難しい記事ですが、原爆の評価や影響について、バランスよく簡潔にまとめられています。広島の原爆と福島の事故から共通点を抽出することにより、原子力の本質を描写しようという努力が伺えます。



広島の原爆に対する帝国政府の対応の拙さが、長崎の原爆を招き、ひいては南樺太・千島列島を失う原因の一つになったということは、史実として確認できると思います。福島の事故が今後どの時点で収束するかはまだわかりませんが、同様に、現政権の対応は拙いということは、誰の目にも明らかでしょう。



ヒロシマナガサキの記憶から、国民は原子力の危険に気づいていた。それでも、原子力に頼るという選択を続けてきたのは、やはり悪魔の所行でしょうか。しかし、原子力は人間から人間性を奪うものです。その悪魔と手を切らなければならない時期に、私たちは来ているのだと思います。



8月6日の広島の式典に寄せられた記事ですが、広島の原爆と福島の原発に共通する、原子力の本質が記事のテーマとなっていますので、今回は「原発」板に投稿いたしました。