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「鎮魂のための捜索」(RFIの記事より):阿修羅♪

http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/275.html











(Au Japon, une nouvelle campagne de recherche des corps des victimes du séisme: RFI)

http://www.rfi.fr/asie-pacifique/20110425-nouvelle-operation-recherche-victimes





日本

記事発表:2011年4月25日月曜日

最終更新:2011年4月25日月曜日






日本で、地震による犠牲者の遺体の捜索活動が新たに始まる





RFI











東京と東北地方の主要都市・仙台を結ぶ新幹線が、2011年4月25日月曜日、地震とそれに続いた津波のために東北地方が荒廃して以来、約6週間ぶりに運転を再開した。しかし、日本は悲しみに浸り犠牲者を数えることを止めていない。新たな捜索活動が始まったばかりだが、初日の捜索の結果、見つかった遺体はたった38体だった。





最も悲痛な光景の一つは、 行方不明者のリストに載っている74人の子供たちの遺体を探すために、宮城県の小学校があった場所の地面を掘る消防士と自衛隊員の姿だった。



合計で2万6000人近くに生存の兆候が見られず、そのうち、1万4340人の死亡が公式に確認されている。特に、福島原発の場所に近づいて捜索する作業者たちには、当分の間、任務は非常に困難だ。被曝の危険があるためだ。福島原発では、制御不可能な状態がずっと続いている。



発電所を運営する東京電力では、主に犠牲者への補償金に充てる出費に対応するために、職員の賃金カットを発表したばかりだ。死者や行方不明者の家族へお粗末な慰め。東京電力は危機への対応の悪さから、激しい批判を受けている。



しかし、その一方で、地域の畜産家や農家は、家畜や土地に定められた運命を気にしている。 彼らの事業の将来について、 東京電力も政府も、彼らを安心させる状態にない。













(Au Japon : des avions, des bateaux et des milliers de soldats recherchent les corps des disparus: RFI)

http://www.rfi.fr/asie-pacifique/20110426-avions-bateaux-milliers-soldats-partent-recherche-corps-disparus





日本/大災害

記事発表:2011年4月26日火曜日

最終更新:2011年4月26日火曜日






日本で、飛行機や船や数千人の自衛隊員が、行方不明者の遺体を捜索する





フレデリック・シャルル











自衛隊は2万5000人の隊員を、さらに日本に駐留する米軍部隊を動員し、この大災害の犠牲者の遺体を捜索している。1万2000人以上がいまだに行方不明とされている。今回が3度目の試みだ。見つかる遺体の数はわずかだが、葬儀に出してやりたいと遺族たちは強く訴えている。





記者はRFI日本特約記者





津波による溺死者が犠牲者の90%を超える。前回、自衛隊が大規模な遺体の捜索活動を行ったが、その時に見つかった遺体はたった239体だった。行方不明者−日本では、行方不明者のリストに載せられている間は死亡という言葉を使わない−の大部分は、巨大な黒い波に攫われたに違いない。



大災害から6週間を超える時間が経ち、瓦礫から引き出された遺体の身元を特定することも更に困難にならざるを得ない。しかも、犠牲者があまりに多数−合計で間違いなく3万人を超える−なために、火葬場で対応できる限界を超えている。自衛隊は遺体を共同墓地で土葬せざるを得ない。



福島原発の近くでは、千体もの遺体が埋葬できないまま散らばっている。非常に高いレベルの死後放射線を浴びたためだ。遺体は最初に除染が必要だ。遺体をそのままの状態で遺族に返すと、火葬のときに放射能汚染を引き起こす危険がある。





遺族は遺体の発見を望んでいる





遺体の多くが海底に沈み発見はもはや不可能であろうことは承知していても、遺族は近親者の遺体を見つけてほしいと強く訴える。遺族たちがそう訴えるのは、津波による大きな被害を受けた東北地方が非常に保守的な地域だからだ。近親者を鎮魂のための葬儀に出してやれないことが遺族には苦痛だ。葬儀は、死者に平安を与えあの世で流浪の魂とならないようにするために行われるものだ。



葬儀は仏教の作法にしたがって行われ、インドを発祥とする火葬が日本では義務づけられている。葬送の諸儀式が行われる期間、時間は非常にゆっくりと流れる。死後49日が経ち、悲しみの期間はやっと終わる。死者をこの世界から引き離すことが非常にゆっくりなのは近親者の苦しみの反映だ。とりわけ、別れは冷たいものであってはいけない。





葬儀と迷信





そのため、被災地が一旦平静を取り戻すと、共同墓地から遺体を出すことが被災者たちにとって大きな関心事となるだろう。彼らが葬儀をきちんと済ませることを望むのは迷信があるからだ。つまり、流浪の魂が生者の世界を再び訪れて生者を咎める懼れがある。生者の世界と死者の王国を隔てる境界をできる限り平穏に越えさせることが出来なかったと。東北では、地震津波の犠牲者の近親者は、彼らが陸や海に置き去りにされていつまでも苦しむことを望んでいない。



東北地方では、自衛隊がこの遺体の新たな捜索活動を献身的に行っているが、僧侶たちも葬儀をしてやれなかった遺族を慰めようとしている。僧侶たちは遺族に語る。ゆっくりとした時間がほとんどないとしても、この別れを悔やんではいけない。「自らを助けよ、波から逃げよ」と、死者に語り続けてきたことを考えよと。











(投稿者より)



フランスRFIのサイトに掲載された記事です。誤訳があるかも知れません。ご容赦下さい。



「四十九日に間に合うように」ということを、当局は意識していたはずです。行方不明者がいまなお生存している望みは、まずありません。それでも、1体でも多くの遺体を見つけてやりたいと考えたのだと思います。その遺体は、誰かの遺族の肉親だからでしょう。



記者はその意味を理解し、日本人の死生観と絡めて、伝えています。



私個人としては、霊魂も「あの世」の存在すると考えていますが、一神教の世界では「迷信」と見なされるのは、仕方のないことでしょう。



地震津波の犠牲者と、原発事故の補償とは、本来分けて考えるべきなのでしょうが、ここでは、細かいことを言うのはやめておきたいと思います。



改めて、犠牲となられた方々の冥福をお祈りします。







※2017.3.15 訳文を見直しました。